過敏性腸症候群
過敏性腸症候群
過敏性腸症候群(IBS)とは、一般の腸の検査(大腸内視鏡検査、CT検査、便検査など)をしてみても炎症や潰瘍、腫瘍などが認められないにも関わらず、お腹の痛みや調子が悪く、それと関連して便秘や下痢などのお通じの異常(排便回数や便の形の異常)が数カ月以上続く状態のときに最も考えられる病気です。過敏性腸症候群は多くの方が悩んでいるありふれた病気で、全人口の10~20%に認められ、消化器内科を受診する人の約3分の1を占めるともいわれています。女性の方が多く、20~40歳代によくみられ、年齢を重ねるとともに減少する傾向があります。命に関わる病気ではありませんが、お腹の痛み、下痢、便秘、不安などの症状で、通勤・通学などに支障を来すことが多く、生活の質が著しく低下するため適切な治療が求められます。
IBSのはっきりとした原因はわかっていませんが、いくつかの要因が病態に関与すると推測されています。
小腸や大腸は、食べ物を消化・吸収するだけでなく、便を体外に排泄する機能もあります。不要となった腸内の内容物を肛門方向に移動して排泄するには、腸の収縮運動と腸の変化を感じとる知覚機能が必要で、これらは脳と腸を連絡する自律神経系によって制御されています。何らかのストレスによって不安状態になると、この自律神経のバランスが乱れて収縮運動が過剰になったり、痙攣状態になったりし、同時に痛みが感じやすくなる知覚過敏状態にもなります。IBSの患者様はこの状態が強いため、痛みを感じやすく、腹痛を起こしやすいと考えられています。脳と腸は自律神経系をはじめ、内分泌系、免疫系を介して双方向に情報伝達をしており、影響し合っていることがわかっています。この脳と腸の密接な関係を「脳腸相関」といいます。
細菌やウイルスによる感染性腸炎にかかった場合、回復後にIBSを発症しやすいことが明らかになっています。感染によって腸に炎症が起き、腸の粘膜が弱くなるだけではなく、腸にいる腸内細菌にも変化が加わり、収縮運動と知覚機能が過敏になるためです。その刺激が脳へ伝わり、苦痛や不安感が増すこともわかってきています。
IBSの主な症状は腹痛や腹部の不快感だけでなく、便秘になる方から下痢を起こしやすくなる方まで様々なタイプがあります。便の形状をブリストル便形状尺度という評価スケールを用いて、便の形状と頻度から「便秘型」、「下痢型」、「混合型」、「分類不能型」の4つの型に分けられます。
ブリストル便形状尺度
便秘型
主な症状は繰り返す便秘と便秘による膨満感や不快感です。排便時に腹痛が起こり、排便後に痛みやお腹の張りが軽減します。強くいきまないと便が出なかったり、ウサギの糞のようなコロコロとした小さな便しか出なかったりと、ブリストル便形状尺度ではタイプ1・2の便となります。一般的な便秘はご高齢の方に多く、IBSの便秘型は若い年代の方に多くみられます。
下痢型
主な症状は突然起こる腹痛と下痢で、お腹の張りや残便感など不快な違和感を生じることもあります。急な便意が心配で、通勤や通学、外出などが困難になる方もいます。また、そうした不安が、さらに症状を悪化させてしまいます。一般的には起床時から昼過ぎまでに症状が強く現れ、以降は比較的安定することが多いようです。ブリストル便形状尺度ではタイプ6・7の便が多く、緊張するとお腹が痛くなったり、下痢が生じます。
混合型
混合型では、下痢をしたり便秘をしたり、便通が変動するのが特徴です。
診断には国際的に最も用いられているローマⅣ基準を用いますが、確定診断のためには、大腸がんなどの悪性疾患や潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患といった器質的疾患がないかを調べる必要があります。まずは、腹痛やそれに関連する症状、便秘や下痢などの便通異常を、最近3カ月間に繰り返している、または症状が続いている方が対象になります。次に、血便や発熱、予期しない体重減少、異常な身体所見などの症状がある場合、また 40歳以上の方、過去に大腸の病気にかかったことがある、家族に大腸疾患の既往があるなどの危険因子がある場合には、大腸内視鏡検査などを行います。症状によっては、腹部超音波検査、腹部 CT 検査、上部消化管内視鏡検査、小腸検査などが鑑別診断のために必要になることがあります。甲状腺機能異常症などの内分泌疾患や糖尿病性神経障害などの疾患が原因となる場合があるため、必要に応じて血液検査なども行います。各種検査を行い他の疾患が否定された場合には、ローマⅣ基準で IBS(またはその他の機能性消化管疾患)と診断します。
最近3カ月の間に、週に1日以上にわたってお腹の痛みが繰り返し起こり、その痛みが下記の2項目以上の特徴を示す
IBSの治療は、生活・食事の改善、薬物療法、心理療法の3つが基本になります。
生活習慣のなかで、不規則な生活、疲労の蓄積、睡眠不足、心理社会的ストレスなど、この病気の増悪因子と考えられるものがあれば修正を試みます。また、暴飲暴食や深夜の食事、脂肪分の多い食事を避けて3食規則的な食事を心がけましょう。症状を悪化させる食品(大量のアルコール、香辛料などの刺激物、コーヒーなど)の摂取を控えるようにし、食物繊維は、便秘、下痢どちらのタイプにも有効なので、これらを積極的に摂るようにします。ストレスをためないようにしっかり睡眠を取ったり、適度な運動や趣味などでリフレッシュしたりすることも有効です。
FODMAPとは、小腸で吸収されにくく大腸で発酵しやすい糖質の総称で、「発酵性」、「オリゴ糖」、「二糖類」、「単糖類」、「糖アルコール」の英語の頭文字を組み合わせたものです。近年、欧米を中心にFODMAPの少ない「低FODMAP食」の摂取によりIBSの症状を軽減することが報告されています。過敏性腸症候群にてお悩みの方は、以下を参考に食生活を見直してみることも個人差がありますが有効かもしれません。
低FODMAP食 |
|
---|---|
高FODMAP食 |
|
生活習慣を改善しても症状が改善しない場合は、薬物療法を行います。最初に用いる薬剤には、腸の運動を整える消化管機能調節薬や、ビフィズス菌・乳酸菌など生体にとって有用な菌の製剤であるプロバイオティクス、あるいは高分子重合体という水分を吸収して便の水分バランスを調整する薬があります。これらは下痢型、便秘型のどちらのタイプにも用いられます。
下痢に対する治療としては、腸の運動異常を改善するセロトニン3受容体拮抗薬(5-HT3拮抗薬)や下痢止め、腹痛には抗コリン薬が用いられます。胆汁酸の吸収不良による胆汁性下痢の場合には、胆汁酸を吸着するコレスチラミンが奏効することも海外で報告されています。
便秘に対しては便を柔らかくする粘膜上皮機能変容薬や、補助的に下剤が使用されることもあります。漢方薬では、腹痛や下痢傾向を改善する桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)、便秘に対しては桂枝加芍薬大黄湯(けいしかしゃくやくだいおうとう)や大建中湯(だいけんちゅうとう)が広く用いられています。IBSの原因の1つとして食物アレルギーの可能性もあり、抗アレルギー薬も選択肢の1つになります。心理的な不安が強い場合は抗うつ薬や抗不安薬が処方されることもあり、患者様に合わせて複数の薬を組み合わせた薬物療法が行われます。
薬物療法を実施してもIBSの症状が軽快しにくい場合、心理療法が有効なことがあります。心理療法には、ストレスマネージメントに加え、リラクセーション(弛緩法)、集団療法、認知行動療法、対人関係療法などがあります。
TOP